お塔婆のこと

◆お塔婆とは◆

お塔婆は卒塔婆そとうばともいい、3000年前にお釈迦さまが亡くなられた時、塔を建てて供養したのが「お塔婆」の始まりといわれています。

人々は、お釈迦さまに対する追慕の念と、供養の気持ちから、石を積み上げていき、それが次第に塔のような形となっていきました。この風習が日本にも伝わり、私たちがよく知っているお寺の五重塔は、全く同じ意味を持っています。


◆お塔婆をたてることの意味◆

お釈迦さまは、私たちに塔供養の大切さを多くのお経で説かれています。

    是中皆応 起塔供養 所以者何 当知是処 即是道場

是の中に皆塔を起てて供養すべし 所以は何ん 当に知るべし 是の処は即ち是れ道場なり

     『如来人力品第二十一』

上記のように法華経の中では、塔をたてて法華経を唱え供養する場所に、仏さまが現れるとお教えになられています。

 

またお釈迦さまは、

    乃至童子戯 聚沙為仏塔 如是諸人等 皆已成仏道

ないし童子のたわむれに 砂をあつめて仏塔とせる 是の如き諸人等 皆すでに仏道を成じき

     『方便品第二』

子供が砂遊びをしている時、遊びで塔を作っただけでも大きな功徳がある。その子供は塔をたてたご縁によって、やがて仏となることができる。と、法華経の中で、説かれています。

 

つまり、お塔婆をたてるということは、亡き人への供養だけではなく、生きている私たち自身が功徳を積むことができる大事な行いでもあるのです。


◆日蓮宗でのお塔婆について◆

日蓮宗では、お塔婆に南無妙法蓮華経のお題目と、法華経の経文を書き入れ、亡くなった方の法号やお名前をお書きします。

これは、写経の功徳も供養できることになり、お塔婆をたてることは、塔供養の功徳、写経の功徳、そしてなにより、法華経、お題目を唱える読誦の功徳さえも回向することになります。

だからこそ、日蓮大聖人は、去ぬる幼子のむすめ御前の十三年に、丈六のそとば(卒堵波)をたてゝ、其面に南無妙法蓮華経の七字を顕してをはしませば、北風吹けば南海のいろくづ(魚族)、其風にあたりて大海の苦をはなれ、東風きたれば西山の鳥鹿、其風を身にふれて畜生道をまぬかれて都卒の内院に生れん。況やかのそとばに随喜をなし、手をふれ眼に見まいらせ候人類をや。

      『中興入道御消息』

と書かれています。

 

上記のお手紙にあるように、南無妙法蓮華経と書かれたお塔婆をたてたことにより、この塔婆に風があたれば、その風に触れた魚、鳥や鹿は生まれ変わった時、天上界に生まれることができ、まして、その塔婆を自らすすんでたてた人達は、計り知れない功徳を得ることができるのですよ。と、お塔婆のたてる素晴らしさを説かれており、塔婆供養が第一であるとおおせられています。

 

一心寺ではお彼岸やお盆、お会式の法要の時、また年回忌の法事をお勤めする際には必ずお塔婆をたてます。

この上ない功徳を回向することができるお塔婆をたてて、少しでも善行を積んで頂きたいからです。